あなたは、日本の企業が年間で何件くらい特許を出願しているか知っていますか? 正解は、年間約26万件です。2017年現在、日本国内の企業は約382万社、うち大企業が1万1000社、中小企業が380万9000社であるといわれています。
では、そのなかで大企業と中小企業の特許を出願する割合はどのくらいかというと、実は26万件中22万件が大企業、残りの4万件が中小企業なのです。
企業数でいえば大企業が全体の0.3%であるのにもかかわらず、その0.3%が年間特許出願数の85%を占め、全体の99.7%である中小企業の出願割合はたった0.3%に留まっています。
もちろん、特許を出願するか否かの理由は企業によってさまざまです。しかし、その最たる理由は、特許を取得・維持するにあたって発生するコストが高いこと、そして、特許を取得しても安定した収益が確実に得られるかどうかがわからないという不確定要素が大きいことが原因であるといえるでしょう。

特許戦略の重要性
前述のとおり、国内の中小企業の多くは特許に対して積極的とはいえない姿勢を見せています。出願に際して時間とお金と人員が割かれ、確実に収益アップできるかもわからず、事業を展開するうえでメリットを見出しづらいという声も多いようです。
しかし、そんな中小企業やベンチャー企業こそ、自社の技術力を権利化することで大きなメリットが得られます。また、他社の権利侵害に備えるためにも、自社で特許権を保有することがリスクヘッジの一環となるのです。
その一方で、これらを踏まえ、それでも特許出願に前向きではない理由としてあげられるのが、技術を模倣される心配があるということです。
一方で、技術情報の流出は避けられず、国内の法律が及ばない海外で模倣品がつくられるおそれがあるなど、デメリットが存在することも確かなのです。
オープン・クローズ戦略
こうした懸念を打開する方法としてあげられるのが、オープン・クローズ戦略です。オープン・クローズ戦略とは、オープン戦略とクローズ戦略、二つの異なる戦略を組み合わせた手法を指します。
オープン戦略とは
特許を取得せず、技術を公開して自由に使用させることで当該技術の普及・促進を計ったりする戦略に加えて、特許を取得したうえで意図をもって第三者にライセンスを実施して「特定の仲間」を集めたり、ライセンス料を獲得したりする戦略も含まれます。
クローズ戦略とは
自社の独自技術を敢えて特許出願せず、営業秘密として秘匿管理する戦略に加えて、特許を取得した上で第三者にはライセンスせず、業界シェアの占有化などを狙う戦略も含まれます。
代表的なクローズ戦略の事例としては、コカ・コーラが有名でしょう。コカ・コーラのレシピは、特許が出願されていません。社内の上層部のなかでも限られた人物しか、正確なレシピを知らないトップシークレットなのです。
確かに、コカ・コーラほどの有名な商品であれば、ライセンス料が高くともその恩恵を受けたいと考える企業が後を立たないでしょう。
現在まで、このトップシークレットは1886年から134年以上にわたって守られており、もしコカ・コーラ社が特許を取得していたとしたら、特許権の存続期間は原則的に20年ですので、今のコカ・コーラ社の地位はなかったかもしれません。
こうした背景を踏まえ、コカ・コーラはレシピにおいて特許を出願していません。これは企業として技術力や秘匿性に絶対的な自信があるからこそ実現できる戦略ともいえます。情報が公開されていなくとも、誰でも真似できるシンプルなレシピであったり、社員がこっそりインターネットに秘密のレシピを書き込んだりすることがあれば、せっかくの戦略が台無しになってしまいかねないためです。
オープン・クローズ戦略とは
そこで活用したいのが、オープン戦略とクローズ戦略を組み合わせたオープン・クローズ戦略です。オープン・クローズ戦略の代表的な事例には、インテル社があげられます。
インテル社は、オープン戦略としてマザーボード(パソコンに使われる電子回路基板)の設計情報などを提携先の受託企業に提供する一方で、クローズ戦略としてマザーボードに使用されるマイクロプロセッサの技術情報を自社で秘匿管理することにしました。
この結果、まずはオープン戦略によって受託企業からライセンス料を得ながらマザーボードを安定的に生産し、パソコンを世界中に普及させることができました。そして、クローズ戦略によって技術情報の流出や模倣を回避しながら市場を拡大させ、マイクロプロセッサの市場を独占することに成功したのです。
このように、オープン戦略からなる市場拡大と、クローズ戦略からなる技術の独占を両立できるのがオープン・クローズ戦略であり、国内企業ではトヨタなどもこの戦略を採用しています。
国内企業の特許戦略
ヘアカラーの国内シェア40%を占めるホーユー株式会社は、知的財産の管理に力を入れています。同社は、研究開発の段階から知的財産管理部門がかかわり、出願可能な技術をピックアップして積極的に特許を出願してきました。
たとえば、一つの新製品を生み出すごとに複数件の特許を出願したり、周辺特許を入念に取得したりと、知財に対する前向きな姿勢が窺えます。
また、海外における知財管理を強化しており、なかでも販売数の多い中国においては、模倣品対策にも注力しているそうです。
模倣品や海賊版の被害は、国内企業のグローバル化が進む一方で拡大の一途を辿っています。ホーユー社が対策に力を入れている中国においては、2016年に日本国内の税関で差し止められた模倣品や海賊版のうち、約9割が中国からの輸入品だったそうです。
こうした海外からの模倣品や海賊版の撲滅に向け、積極的な取り組みを行なっている団体に日本貿易振興機構(JETRO)があります。
ホーユー社では、JETROが展開する中小企業知的財産保護対策事業を活用し、大手BtoBおよびCtoCサイトにおけるホーユー製品の出品状況を調査しました。そして疑いの濃厚な業者からサンプルを購入・鑑定し、模倣品の製造・販売場所を突き止めたのです。
この地道な取り組みが実を結び、ホーユー社は自社の模倣品を輸出していた企業より、完成品4,200個、半製品200個、パッケージ2,500枚などを押収することができました。
ホーユー社の模倣品は海外で広く出回っており、同社の正規品の隣に粗悪な模倣品が堂々と陳列されるなど、販売数が伸びれば伸びるほど被害が拡大していったといいます。しかし、ブランドイメージを保護するとともに、消費者を粗悪な模倣品による健康被害から守るため、模倣品対策に対して粛々と対策を進めているのです。
日本貿易振興機構(JETRO)とは?
JETROは2003年に設立された独立行政法人です。企業に対して貿易にかかわるさまざまなサービスを提供しており、知財領域においては以下のような取り組みに力を入れています。
- 海外模倣被害対策の費用助成(侵害調査費用など、総費用の3分の2※上限400万円を助成)
- 中小企業を対象とした商標先行登録調査の無料サービス
こうしたサービスを活用することで、リソースが限られた中小企業であっても知財を的確に管理し、事業を拡大させていくことができるのではないでしょうか。
もちろん、模倣品対策以外の海外展開にも、ホーユー社は積極的です。同社は海外に11箇所の現地法人を設け、世界70か国で自社製品を販売しており、前述の中国のほかにタイでのビジネス拡大にも注力しています。
2005年には企業設立100周年を迎え、それを機にコーポレートロゴを一新。100か国以上で商標出願を行なうなど精力的な取り組みを見せています。
まとめ
企業にとって非常に重要でありながら、多くの中小企業がなかなか取り組めずにいる特許戦略。しかし、事業の発展と企業の永続的な成長を目指すには、必須特許や周辺特許の情報を敏感に察知し、必要に応じて自社にマッチした対策を練ることが大切なのです。
参考元:美容経済新聞